大阪地方裁判所 平成6年(ワ)6590号 判決 1997年1月24日
原告
株式会社服部ハイテツク
ほか一名
被告
虎井博史
主文
被告は、原告服部栄市に対し、金三五五〇万八二〇八円及び内金三二二八万八二〇八円に対する平成三年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
原告服部栄市のその余の請求及び原告株式会社服部ハイテツクの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告服部栄市と被告との間に生じたものについては、これを二分し、その一を原告服部栄市の負担とし、その余を被告の負担とし、原告株式会社服部ハイテツクと被告との間に生じたものについては原告株式会社服部ハイテツクの負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告服部栄市に対し、金六五一一万三四一〇円及び内金六三一一万三四一〇円に対する平成三年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告株式会社服部ハイテツクに対し、金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する平成三年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、普通乗用車同士の追突事故において、追突され傷害を負つた被害者及び同人が代表取締役を務める会社が、追突した車両の運転手に対して、自動車損害賠償保障法三条により損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故の発生
(一) 日時 平成三年一一月一〇日午後四時二〇分ごろ
(二) 発生場所 神戸市東灘区青木五丁目一二番一〇号先路上
(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(登録番号なにわ五六に四一三二、以下「被告車」という。)
(四) 被害車 原告服部栄市(以下「原告服部」という。)運転の普通乗用自動車(登録番号神戸三四ろ三二七一、以下「原告車」という。)
(五) 事故の態様 被告車が原告車に追突した。
2 責任
被告は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故により原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
3 後遺障害の認定
原告服部は、平成五年一一月八日、自動車保険料率算定会大阪第三調査事務所長から、自賠法施行令二条別表の第九級一〇号に該当する旨認定を受けた。
4 損害
治療費 三八一万七九四四円
5 既払
原告らは、本件事故に関して、被告から一一三一万七九四四円の支払を受けた。
二 争点
1 原告服部の受傷内容及び因果関係
(原告らの主張)
頸髄損傷、第六頸椎圧迫骨折
(被告の反論)
「頸髄損傷、第六頸椎圧迫骨折」の診断は疑問であり、原告服部の受傷は「頸椎捻挫、腰椎捻挫」に過ぎない。
本件事故において頸椎圧迫骨折を起こすほど頸椎に激しい過屈曲ないし過伸展が強いられたことはあり得ず、事故の三日後に受診したツジ病院でも、その後入院加療した辻外科病院でも、第六頸椎圧迫骨折とはされていない。
仮に、本件事故で頸髄損傷が生じたとするなら、受傷直後に脊髄性シヨツクが起こり、少なくとも四肢のいずれかに完全弛緩性麻痺が生じ、約六週間続いた後、上下肢の腱反射亢進等が認められたはずであるにもかかわらず、弛緩性麻痺は認められていない上、日生病院整形外科医師作成の後遺障害診断書には上下肢とも腱反射亢進とあるものの、その九か月前に症状固定とした辻外科病院の後遺症診断書では、下肢の腱反射のうち、膝蓋腱反射のみ「異常に亢進」とされている。
また、頸椎捻挫による場合、ほとんどが、椎間板ヘルニアは一か所であるのに、原告服部の場合、頸部MRIによると頸椎椎間板の後方変形があるのは、第二・三から第五・六頸椎間の四か所とされる。このように四か所もの椎間板の後方変形があるのは経年性変化としての変形性椎間板症によるものであつて、頸椎の過伸展による椎間板ヘルニアの所見ではない。
2 損害
(一) 原告服部の損害
(1) 治療費 三八一万七九四四円
(2) 入院雑費 一三万七八〇〇円
(算式) 1,300×106
(3) 休業損害 一一一六万五〇〇〇円
原告服部の本件事故当時の年間給与所得は一二六〇万円、一か月当たり一〇五万円であるところ、本件事故により、平成三年一一月一九日から平成四年三月三日まで(一〇六日間)の入院中は一〇〇パーセント、同月四日から同年七月四日までの通院中は八〇パーセント、同月五日から同年一一月四日までの通院中は六〇パーセント、同月五日から平成五年二月八日までの通院中は五〇パーセント休業し、損害を被つた。
(算式) 1,050,000÷30×106(=371万)+1,050,000×4×0.8(=336万)+1,050,000×4×0.6(=252万)+1,050,000×3×0.5(=157万5000)
(4) 逸失利益 四三三一万〇六一〇円
原告服部は、本件事故により、手足がしびれ、足先、ふとももが冷たく、歩行がふらつく等の自賠法施行令二条別表の第九級一〇号に該当する後遺障害を残して症状固定し、右後遺症により、その労働能力を三五パーセント程度喪失し、その喪失期間は一三年程度継続するものと思料されるから、原告服部の給与所得を基礎として新ホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除し、逸失利益の現価を算定すると右の通りである。
(算式) 12,600,000×0.35×9.821=43,310,610円
(5) 慰謝料
<1> 入通院慰謝料 二五〇万〇〇〇〇円
原告服部は、平成三年一一月一九日から平成四年三月三日まで辻外科病院に入院加療(一〇六日)し、同月四日から平成五年二月八日まで同病院に通院(実日数一八九日)した。
<2> 後遺障害慰謝料 六〇〇万〇〇〇〇円
(二) 原告株式会社服部ハイテツク(以下「原告会社」という。)の休業損害
(原告会社の主張)
原告会社は、代表取締役である原告服部の開発的相談を端緒とする新製品の技術開発業務を行い、原告服部と経済的に一体をなすいわゆる個人会社である。原告服部が本件事故による入院加療を余儀なくされたため、開発商品の商品化を断念しなければならなくなり、平成四年一二月までに七四〇〇万円相当の損害を受けたので、その内金一〇〇〇万円について損害賠償を求める。
(被告の反論)
原告会社について生じたとされる損害はいわゆる企業損害であつて、本件事故と相当因果関係がない。
(三) 弁護士費用
(1) 原告服部 二〇〇万〇〇〇〇円
(2) 原告会社 一〇〇万〇〇〇〇円
(四) 被告に対し、原告服部は、右(一)及び(三)(1)の損害額合計六八九三万一三五四円の内金六五一一万三四一〇円及びその内金六三一一万三四一〇円に対する平成三年一一月一一日から年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告会社は、(二)及び(三)(2)の損害額合計一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する平成三年一一月一一日から年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
3 寄与度減額
(被告の主張)
原告服部には、頸椎の骨棘形成、椎間の狭小化等の変形性脊椎症、変形性椎間板症、後縦靱帯骨化症といつた生来的あるいは経年性の変化が認められ、原告の症状に寄与しているものであるから、過失相殺の法理を類推適用して五〇パーセント程度の減額がされるべきである。
第三争点についての判断
一 原告服部の受傷内容及び因果関係
1 前記争いのない事実及び証拠(甲第四、第五、第七、第一五、第一六、第二〇から第二三まで、検甲第一の一から九まで、乙第一から第二〇まで、第二二、第二三、証人鈴木庸夫、同酒井健雄、原告服部、弁論の全趣旨)によれば、
原告服部は、平成三年一一月一〇日、ヘツドレストが装着された運転席においてシートベルトを着用して原告車に乗車中、二回被告車に追突され、原告車は、更に前車に追突し、被告車に追突されてから約三メートル移動して停止したこと、原告車に同乗していた佃芳子も大したけがではなかつたものの治療は受けたこと、本件事故により、原告車は、後部にサイドメンバーにまで波及する程度の損傷が、また、前部のボンネツト付近、右フロントフエンダーに損傷が生じ、修理代は一四四万二〇〇〇円と見積もられたこと、被告車の損傷は、前部からの衝撃がクーラコンデンサ及びラジエータにまで波及していたこと、
原告服部は、本件事故後、医療法人康雄会西病院(以下「西病院」という。)に搬送され、同病院で診察を受け、その際、右肘のしびれが認められたが、動きは問題なく、腫脹も認められず、頸部挫傷、頭部外傷、右肘打撲傷と診断され、翌日の一一日の診察の際には、項部左側、左右指先にしびれ、左右大腿前面下部に痛みを訴えたこと、
原告服部は、同月一一日から同月一九日まで友渕マエダ整骨院に通院したこと、同月一三日、医療法人京昭会ツジ病院(以下「ツジ病院」という。)を受診し、後頭部、左外側後部頸部、左肩、右肘、手関節、腰に痛み、両大腿前面下方にしびれ、ふらつき等を訴え、エツクス線検査により、第六・七頸椎に棘が見られ、椎間板狭小、椎間孔(両側)狭小、腰椎椎体に棘が見られる旨診断され、同月一九日、辻外科病院を受診し、両上肢のしびれ感、知覚不全麻痺、とぼとぼ歩く歩行不全等が認められ、ジヤクソンテスト+、スパーリングテスト左右+、イートンテスト左右-、モーレーテスト左右+、両橈骨尺骨神経反射亢進、膝蓋腱反射亢進等異常神経反射が認められる旨の結果が出て、同日から同病院に入院(平成四年三月三日までの一〇六日間)し、同月二〇日、歩くのはふらふら、箸を落とすことがある等訴え、指の動きの緩慢さ、両上肢の感覚異常、両上肢及び両大腿のしびれ、ワルテンベルグテスト左右+、ホフマンテスト左右+、頸椎伸展にて両上肢先部にしびれ等が観察され、医師は脊髄症の症状あり、頸髄中心性損傷かとの診断を下していること、同月二五日、頸部の痛みを、同月二八日、脊髄のしびれ、両手のしびれを、同月二九日、足背のしびれを訴えたこと、
原告服部は、同病院に入院中、同月三〇日、同年一二月八日、同月一四日、同月二二日、同月二九日、同月三一日から平成四年一月三日まで、同月五日、同月一二日、同月一四、同月一八日、同月二五日、同年二月一日、同月八日、同月一〇日、同月一五日、同月二九日等に外泊したり、しばしば外出を繰り返していたこと、
平成三年一二月五日、同病院医師辻尚司(以下「辻医師」という。)は、同日付け診断書を作成し、その病名及び態様欄には「外傷性頸部頭部症候群、頸髄損傷、追突外傷による頸髄損傷で歩行障害、両手指のしびれ感、会話構音障害あり、排尿障害もあり、頭痛、頸痛止まない、歩行障害は相応著明」と記載したこと、
同月九日、アエバ外科病院において、MRI検査が実施され、第六・七頸椎の平坦化、第二・三から第五・六頸椎の後部変形、頸椎症による第三・四、第四・五、第六・七で脊髄が圧縮の印象との報告がされ、辻外科病院の医師は、第六・七頸椎に変性あり、椎間板が前方へ脱出、第六・七頸椎レベルの損傷と診断していること、
同月一六日、膝蓋腱反射及びアキレス腱反射は左右亢進、足クローヌス左右+、ワルテンベルクテスト左右+であつたこと、
同月一八日、西病院医師西昂は、同日付け診断書を作成し、傷病名頸部挫傷、頭部外傷、右肘打撲傷、症状の経過、治療の内容等欄「手先のしびれあり、頸部痛あり、湿布薬投与」と記載したこと、
同月二一日、原告服部は、非常にゆつくりした動作しかできないので、自分の思うようにならず、いらいらし、落ち込む旨訴えていること、
平成四年一月二五日、CT検査が実施され、同月二七日、後縦靱帯骨化症を認める旨の診断がされ、同年二月一日、歩行時にふらつく旨、同月八日、下肢のしびれ感を、同月一〇日、下肢のふらつきが少しましになつた旨、同月一三日、歩行に杖が必要である旨、同月一五日、歩くのにふらふらする旨、同月一七日、下肢に力が加わらない旨訴え、同月二〇日、ツジ病院医師黒川賢は、同日付け診断書を作成し、傷病名「頭部挫傷、外傷性頸部症候群、右肘部右手関節部挫傷、腰部挫傷」、症状の経過、治療の内容等欄「後頭部痛、頚部痛、左肩、右肘、左手関節部の痛みあり、腰から右臀部にかけての痛み、両大腿前面のしびれあり、歩行不安定である、鎮痛消炎剤投与」等、主たる検査所見欄「頭、腰、右肘、右手関節部レントゲン異常なし、頸椎レントゲン、C六・七骨棘、椎間板狭小、椎間孔狭小あり」と記載したこと、
同月二四日、腰痛、頸部の運動時の痛み、下肢のふらつき等を、同年三月二日には、指のしびれは変化がないこと、足底部のしびれ、下肢に力が入らない等を訴えていること、
原告服部は、同年三月四日退院し、退院後も辻外科病院に、同月は八回、同年四月は一一回、同年五月は一六回、同年六月は一七回、同年七月は二四回、同年八月は一九回、同年九月は二一回、同年一〇月は二〇回、同年一一月は九回、同年一二月は六回(合計日数一五一日)通院し、牽引、マツサージ等の治療を受けたこと、
また、原告服部は、同年三月四日から同年六月三〇日まで友渕マエダ整骨院にも通院し、治療を受けたこと
辻医師は、同年三月三一日付け診断書を作成し、病名及び態様欄「外傷性頸部頭部症候群、頸髄損傷、上下肢しびれ感強く、頭痛、頸痛、腰背痛、歩行障害強く、早く歩行できない、会話の障害あり、排尿障害」等と記載したこと、
同年八月一七日、辻医師は、訴外保険会社の質問に対し、原告服部には、外傷性頸部症候群、頸髄損傷に関連する既往症等は特になく、それまで健全であつた旨、MRI検査によると、原告服部には、頸椎軟骨による圧迫像が若干あり、症状は頸髄損傷によるものであつた旨、第六・七頸椎間の椎間板が前方に突出し、椎間のカプセル(前縦靱帯)を突き破つて気管の方に突出している旨回答していること、
自動車保険料率算定会大阪第三調査事務所長は、平成五年六月三日付けで、原告服部につき、第一四級一〇号の認定をしたこと、
原告服部は、同年七月六日に、上下肢のしびれを訴えて、日生病院整形外科を受診し、同月一六日筋電図検査を受け、上肢C五・六レベルに神経因性パターンが認められ、同月一九日には、MRI検査を受け、同病院放射線科医師フジノ某は、C五上縁レベルの脊髄内にT1で低輝度、T2で高輝度を認め、現時点ではグリオーシス(頸髄外傷性変化)による所見で、陳旧性のものと解される旨、C六に軽度の圧迫骨折、C六・七間の椎間板の変性、椎間腔が狭くなつていること、C六・七で硬膜のうの前方及び右前方からの圧迫像が認められ、これは棘突起又は後縦靱帯の肥厚によるものかとの診断を下したこと、同病院整形外科医師酒井健雄(以下「酒井医師」という。)は、同年八月四日付けで自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成し、症状固定日「平成五年八月四日」、傷病名「頸髄損傷、第六頸椎圧迫骨折」、自覚症状「手指の巧緻性低下、歩行能力低下、痙性歩行のため耐久力低下著明、片脚立ち不能」、精神神経の障害、他覚的症状および検査結果「<1>FrankeltypeDの頸髄損傷(C5以下)、四肢不全麻痺(痙性麻痺)、上下肢共(腱反射亢進、病的反射陽性)、<2>上肢(は、)筋力五レベル、両側、骨神経領域の知覚鈍麻(一〇分の六)、<3>下肢(は、)両下肢支持力低下、左側の筋弱力(四レベル)、痙性歩行著明、知覚鈍麻一〇分の三から一〇分の五レベル、<4>MRIでC五レベルでの頸髄外傷性変化、EMGで、上下肢共神経原性パターンを認めた(C五・六レベルの損傷)、膀胱直腸障害、膀胱機能検査では障害を認めず。但し、自覚的には神経因性膀胱と思われる症状あり」、脊柱の障害「C六の圧迫骨折」、障害内容の憎悪・緩解の見通し等「改善の見込なし」等と診断したこと、右診断書の記載上は、知覚鈍麻の範囲は体の前面のみであるが、躯幹の後面と両下肢の後面にも前面と同様に鈍麻があつたこと、右鈍麻は体の左右で非対称であること、
自動車保険料率算定会大阪第三調査事務所長は、同年一一月八日付けで、原告服部につき、九級一〇号の認定をしたこと、
脊髄損傷の中には、エツクス線上、骨折や脱臼が認められない症例が少なくなく、頸髄損傷には日常的であること、頸髄損傷は、頸椎の過伸展損傷によつて生じることが多く、殊に、骨棘や椎間板変性の高度な症例、後縦靱帯骨化や先天的に生来脊柱管の狭い症例では、これらの諸変化を準備的素因として、軽微な外傷でも頸髄損傷に陥ること、頸髄の外傷性の傷害は、他のレベルのものと比べると、完全損傷は少ないこと、脊髄シヨツクは不全損傷の場合はつきり現れない場合も考えられること、
脊髄症は、<1>上肢の症状は、運動障害、腱反射の異常(急性期には低下、それ以降は亢進)、知覚障害であり、<2>下肢の症状は、歩行障害、腱反射の異常(急性期には低下、それ以降は亢進)、知覚症状、<3>膀胱・直腸障害であるのに対し、神経根症の症状は、<1>筋力の低下、<2>知覚脱失、鈍麻、<3>上肢腱反射の異常(減弱や消失)であること、
以上の事実を認めることができ、右認定に反する乙第一一の一及び二、第一七、第一八の各記載部分、証人鈴木庸夫、同酒井健雄及び原告服部の各供述部分はいずれも採用することができない。
2 前記1の事実によれば、本件事故前に、原告服部につき、頸髄損傷に関連する既往症等は発見されていなかつたが、後縦靱帯骨化症等の変形性の疾患により頸髄損傷が発生し易い状態にあつたところ、このような状態の下で加わつた本件事故の衝撃が右疾患と共に原因となつて、頸髄損傷が発生したと解される。
被告は、原告服部につき、頸髄損傷、第六頸椎圧迫骨折は発症しておらず、頸椎捻挫に過ぎない旨反論する。確かに、証拠(証人酒井健雄)によれば、第六頸椎圧迫骨折発症の所見は、同部位に生じている骨棘につき、受傷時に骨に力がかかり、変形性の変化が起きたという考えに基づくものであつて、受傷時に骨棘が発生していた場合には前提を欠くこととなるので、右反論のうち、第六頸椎圧迫骨折が発症していないという部分については首肯することができるけれども、頸髄損傷の発症については、本件事故後、知覚麻痺が上肢のみならず下肢にも認められ、足クローヌス等反射が亢進している等、脊髄に障害を負つた場合に見られるが、頸部捻挫とは相容れない症状が認められること、また、脊髄損傷の場合であつてもレントゲン線上骨傷が見られない場合は少なくないことも併せ考えれば、これに与することはできないといわざるを得ない。
二 損害
1 原告服部の損害
(一) 治療費 三八一万七九四四円
前記争いのない事実によれば、右のとおり認めることができる。
(二) 入院雑費 一三万七八〇〇円
前記1で認定した事実のとおり、原告服部は、平成三年一一月一九日から平成四年三月三日までの一〇六日間、辻外科病院に入院したものであり、その間一日当たり少なくとも一三〇〇円の雑費を要したことを認めることができる。
(算式) 1,300×106
(三) 休業損害 八〇二万八一五〇円
証拠(甲第七、第八の三、原告服部、弁論の全趣旨)によれば、原告服部は同人が設立し、代表取締役に就任していた服部ヒーテイング工業株式会社(以下「服部ヒーテイング」という。)から給料を支給されていたこと、原告服部の平成二年度分の所得金額は一二六〇万円、平成三年度分は一〇三〇万円、平成四年は七五四万五〇〇〇円、平成五年は三五二万四〇〇〇円であること、本件事故後、役員会決議で原告服部の給料を三分の一に減額したこと等の事実を認めることができ、前記一1記載の入通院の経過や、原告服部が入院中に外泊や外出をし、仕事をしていたこと等の事実も併せ考えると、原告服部が服部ヒーテイングから支給されていた給料は原告服部の労働の対価と解され、原告服部の休業損害は、平成三年及び平成四年については平成二年の所得金額との差額七三五万五〇〇〇円並びに平成五年については、平成二年分の所得金額の五割を基礎額として同年二月八日までの三九日分六七万三一五〇円の合計八〇二万八一五〇円をもつて相当と解する(小数点以下切り捨て。以下同じ。)。
(四) 逸失利益 四三三一万〇六一〇円
証拠(乙第一)によれば、原告服部は、昭和一三年七月二五日生まれの男性であることが認められ、前記一1認定のとおり、原告服部は、本件事故により、負傷し、平成五年八月四日(当時五三歳)、前記の後遺障害を残して症状固定したものであり、右後遺障害は自賠法施行令二条別表の第九級一〇号に該当し、原告服部は、その労働能力の三五パーセント程度を、労働可能上限年齢である六七歳まで一四年間喪失したものと解されるから、前記(三)の原告服部の収入を基礎として新ホフマン式計算法によつて年五分の割合による右期間の中間利息を控除し、逸失利益の現価を算定すると四五九〇万三六九〇円となり、逸失利益が四三三一万〇六一〇円である旨の原告服部の主張は理由がある。
(算式) 12,600,000×0.35×10.409=45,903,690円
(五) 慰謝料 七〇〇万〇〇〇〇円
前記一1で認定した原告服部の入通院の経過、日数、前記後遺障害の内容程度等一切の事情を考慮し、原告服部の慰籍料は、入通院分一五〇万円、後遺障害分五五〇万円をもつて相当と解する。
2 原告会社の損害
証拠(甲第三、第六の一から八七まで、第七、第一〇の一から三まで、第一一、原告服部)によれば、原告会社は、昭和五九年に設立された株式会社で、原告服部が代表取締役に就任し、本件事故当時は、副社長の畠中信也(以下「畠中」という。)、取締役東京事務所長の近藤市郎(以下「近藤」という。)、取締役技術部長の足立暁(以下「足立」という。)、北野某ら四名の従業員がいたこと、原告会社は東京にも事務所を設け、近藤が一人で勤めていたこと、原告会社は、平成三年四月一日から平成四年三月三一日までの事業年度において、資本金二〇〇〇万円、雑収入一八万五〇二〇円、当期欠損金五〇万四三四七円であつたこと、原告会社は医療廃棄物の減菌機(以下「減菌機」という。)の開発を平成元年の終わりごろから開始し、原告服部は、近藤、足立らと共に、訴外協和メデツクス工業株式会社(以下「協和」という。)との減菌機開発事業化の打ち合わせ、山口医療器株式会社との減菌機引合打ち合わせ、協和との減菌機の改良に関する協議、減菌機の設計制作について、原告会社が、尾高ゴム工業株式会社を通じて、株式会社メイワ(以下「メイワ」という。)の協力を求める協議に出席していたこと等の事実を認めることができる。
原告会社がその固有の損害の賠償を求めるには、原告会社が法人とは単に名ばかりのいわゆる個人会社に過ぎないものであつて、その実権が原告服部に集中し、原告会社と原告服部とが経済的に一体の関係になければならないと解されるところ、右の事実によれば、原告服部は原告会社の代表取締役として、減菌機の開発にも自ら協和との交渉に携わり、重要な地位にあつたことは認められるけれども、原告服部に実権が集中し、原告会社が法人とは単に名ばかりの個人会社に過ぎなかつたとまでは認められず、また、原告服部は服部ヒーテイングから給料を支給されていたものであつて、原告会社と原告服部とは経済的に一体の関係にあつたものとはいえない。原告会社の主張は理由がない。
三 寄与度減額
前記一記載のとおり、原告服部は、本件事故前から、頸椎の後部変形、骨棘の発生、後縦靱帯骨化症等の変性性の疾患に罹患していて、頸髄損傷を起こしやすい状態にあつたところ、そのような状態の下で加わつた本件事故の衝撃が右疾患と共に原因となつて前記のとおりの損害を発生させたのであつて、原告服部の症状に対する原告服部の要因を考慮すると、損害の公平な分担の見地からは被告に損害のすべてを賠償させるのは相当ではないから、民法七二二条二項の規定を類推適用して、前記二記載の損害額合計六二二九万四五〇四円から三割を減額するのが相当と解する。
(算式) 62,294,504×(1-0.3)=43,606,152
四 損害てん補
前記争いのない事実によれば、原告らは、本件事故に関して、被告から一一三一万七九四四円の支払を受けたのであるから、右金額を前記三の減額後の残額四三六〇万六一五二円から控除すると残額は三二二八万八二〇八円となる。
五 弁護士費用 三二二万〇〇〇〇円
本件事案の性質、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件不法行為による損害として被告に負担させるべき弁護士費用は、三二二万円とするのが相当である。
六 以上のとおりであつて、原告服部の請求は、三五五〇万八二〇八円及び内金三二二八万八二〇八円に対する本件不法行為の日の後の日である平成三年一一月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告会社の請求は理由がない。
(裁判官 石原寿記)